失踪/消失/逃亡@オースター

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  『NY三部作』だけではなく、オースター作品を順番に読んでいくような気がします。

 で三部作の最後『鍵のかかった部屋』について、訳者あとがき(白水社、1989年)がとてもコンパクトに正確に『鍵のかかった部屋』評がまとめられています。単なる翻訳家(すいません)ではなく、アメリカ文学研究者ですからファーンショーという主人公の友人で姿を消した人物がホーソーンの作品の題名である事や、探偵小説の探偵と犯人の分身的な関係と的確に説明しています。

 前項でも、またその前から繰り返し引用している『ユリイカ』でのインタビュー≒対談での柴田元幸さんのコメントの良さに遅ればせながら気が付きました。でもそれは1999年の段階ですが、2000年以降も単独編集の雑誌でもフォローしています。

 でまた有名人好きのミーハーのエピソードですが、アメリカ文学会の本部の編集委員会で、ある時、突然柴田さんが英語で発言し始めて驚いた事がありました。外国人(英語話者)が委員にいますので、その人の発言に対して英語で話はじめたのかも知れません。英文学会の北海道支部大会で講演に来てもらった時も、懇親会でご一緒でした。もっと小さな会で話をした記憶もあります。奥様を連れてきた時もあったかな。写真のように小柄な中年の妖精のようでした。妖精というイメージは、中性的で、俗世間から離れているような雰囲気です。東大英文科出身の僕より1才下の研究仲間(友人)がいるので、近い年令の有名な研究者の学生時代のエピソードなども聞かせてもらっています。

 さて主人公の「僕」は幼馴染ファーンショーの妻ソフィーから失踪した夫の行方の捜査を依頼されます。取りあえずは探偵。しかも前にソフィーが頼んだ探偵クィンは捜査を放棄していなくなってしまっていた。僕はファーンショーを追いかけながら、ファーンショーの作品を読み、出版しソフィーと関係する事で、しだいにファーンショーになっていく。ファーンショーという聞きなれない名前はホーソーンの若き日の作品のタイㇳルでかつ主人公の名前でもあります。

 三部作ではずっと書く事にこだわっていた。『シティ・オブ・グラス』の作家クィンは自分の書いたノートを残していなくなったし、『幽霊たち』のブルーは何かを書いているブラックを監視している人で、ソローの『ウォ―ルデン』や依頼人のホワイトのメッセージを読む人である。『鍵のかかった部屋』の「僕」は新進気鋭の批評家で書く人であるけれど、ファーンショーの作品を「読む人」でもある。しかもこの僕=読む人は、前2作とはちがい現実世界に帰還するようなラストの書かれ方でした。

 因みに、雑草と間違われたのはウツギのようでした。一昨年4月・6月・9月の3回寄せ植え講習会にかみさんと参加して計6つの鉢がウッドデッキにあります。そのうち2個では写真のようにウツギを確認したのですが、あと1個のは種が飛んだか、こちらの記憶違いか、3つもウツギを選ばないよねと思ったのが勘違いか分からないですが、ウツギのようでした。