旅先で『夢果つる街』

 旅行中は気軽に読める文庫本を2冊携行。

 1冊はトニー・ケンリックの『スカイジャック』。機内で読むには差支えのあるタイトルを隠して?読みました。

 2冊目は謎の?作家トレヴェニアンの『夢果つる街』。

 実は2冊とも小林信彦のお薦め本。

 1冊目のコミカルな犯罪物は僕的にはいまいちでした。

 でも2冊目は訳者が北村太郎だったのも僕的には興味深い。作品も面白かった。

 詩が好きだったので、20代から北村太郎の名前は知っていましたが、鮎川信夫田村隆一吉本隆明のようなビッグ・ネームではない。その人が50代から「荒れ地の恋」をきっかけに詩を再開し、没後そのロマンスが本になり映画化された。

 僕はその本『荒れ地の恋』(ねじめ正一作)や、一人暮らしの老詩人と同じ家に間借りをしていた人のエッセイも読んで、詩人の孤独や人となりについてあらためて知ったのでした。

 詩人はそれだけでは食えないので、本業?を持っていたり、翻訳や教師として生活の糧を得るのが普通でした。北村太郎の場合は「校正」の仕事。優秀な校正者として定年まで勤めあげる。ま、文字や文章に関わる仕事でもありますが。戦後のミステリーの多くが詩人のアルバイト?でした。

 北村太郎について知る事で、鮎川信夫がいかに友だち思いでかつ秘密主義だったかを知ります。没後、奥さんがあの英語で有名な最所フミだった。12才年上。鮎川の英語の翻訳は英語については奥さんが点検?していたのか。また詩はよかったけれど二枚目でもてた田村隆一のだらしなさも。

 で、『夢果つる街』。カナダのモントリオールの下町で警部補を務めるラポワントが主人公。その孤独が訳者の事を知っている読者には気になる。何かしら主人公との共通点、内容に共感する点、訳の詩人的な部分を知りたい。

 フランス系カナダ人でインディアンの血も引くラポワントは結婚後1年で妻を病気で亡くし、40代で捜査中撃たれて瀕死の重傷を負った。それとは別におもい動脈瘤を患う54才。有能だが厭世的な皮肉屋。犯罪者には厳しく(時に厳しすぎる)、弱者にはそれなりの武骨な温かさも見せる。

 しかしイギリス系の新人が登場して、主人公と対比します。でも同時にガットマンという名前なので、ユダヤ系イギリス人だとしたらややこしい。かなりカナダの民族、宗教も関係する。議会派清教徒とか言われてもピンとこないので調べてしまう。

 このイギリス系+フランス系のほかに、スペイン系、ポルトガル系、イタリア系、ギリシャ系、さらにユダヤ系も登場して多民族国家カナダの面目躍如というか混乱というか。 それと犯罪は女性がターゲットとなる、レイプや売春など少しうんざりしますが。最後の方でこれが未解決事件の鍵ともなる。

 犯人は主人公の近くにいた。それでゆっくりと読み返しています。犯人もアウシュビッツで妹を失い、若い女性をもてあそぶ男性に個人的に復讐をしてしまう。

 札幌に着く少し前に再読終了。純文学と娯楽小説の中間くらいで面白い。

 何か人の世の悲しみみたいなものが、暴力や報復としての犯罪、届かない思い、など犯罪小説、恋愛小説、老人小説、友情小説。いろんな味わいや色合いを持つ小説のように感じました。

 詩人がどのような思いでこの作品を訳したか、気になります。

  写真はペーパーの表紙。The Mainが原題で、モントリオールのフッド(危険な地域)の名前です。モントリオールはカナダの大学(勤務先の提携校)で4か月交換教授をしていた時に、遊びに行きました。オタワ~モントリオールケベック・シティと旅して。フランス語が中心ですが、ホテルのフロントや旅行代理店では英語が通じました。

 地下鉄の入り口で若いチンピラ風の男から「アッシュ、アッシュ」と言われて、後からhashish(ハシシ、英語で大麻)の事だと分かりました。hがフランス語風にサイレント(無音)なので「アッシュ」と聞こえたんですね。もちろん買いませんでした。