『サクリファイス』と小説のタイトル

 自転車ロードレースと小説の話です。

自転車ロードレースの小説を読んでいるとけっこう新しい≒知らない言葉に出くわします。

 最初は普通に使っているらしいけれど、僕が知らなかった言葉。例えばミニ・べロ。日本でも見かけるタイヤの小さいですが、べロがフランス語で自転車で、bycyclette(ビスィクレット)よりも日常的に使うようです。

 それとレースでのレーサーの集団を意味するプロトンですが、語源を調べると「小隊」を意味するplatoonと同じだと分かりました。語源から派生する多様な意味について知りたくなる習性はなくなりません。

 それとフランス文学者の工藤庸子さんの影響でタイトルにも。近藤史恵さんの自転車小説はカタカナのタイトルが多い。『サクリファイス』、『エデン』、、『スティグマータ』。どれも白石誓(ちかう)が主人公です。『サヴァイヴァル』は誓のチーム・メンバーが主役の短編集。

 「サクリファイス」という言葉は8つほどの映画・小説のタイトルに使われていて、タルコフスキーの映画(1986年)が有名。一時期読んでいたアンドリュー・ヴァクスのバーク(シリーズ)もの(1991年)にも。探偵バークのシリーズは性犯罪が多くて疲れますが。

 でsacrificeはこの後の単語もそうですが、英語なので聖書のからの引用が多いです。日本語で「犠牲」というと犠牲的行為とか何かのために自分を犠牲にするという意味で使われますが、英語では「神への捧げもの」のように、神=崇高な存在への生贄のような意味です。または語源的には「聖なるものにする、作る」という意味のようですから、犠牲的行為によってその人が聖なる者になる。そこまで行かなくても、単なる大義よりも、もう少し大きなものへの犠牲という意味になります。自転車小説『サクリファイス』は日本人の作家によるものですから、英語的・キリスト教的sacrificeと日本的犠牲の中間くらいに位置する意味合いでしょうか。

 すると『エデン』は自転車レースに生きるレーサーの「楽園」。もちろん「楽園」に入る事の難しさが表現されている。

 『スティグマータ』は「聖痕」。磔にされたキリストの手にできた傷。奇跡の顕現。何か大きな崇高な大義(自転車レース)のために自分を犠牲にした者の体にできる聖なる傷という意味でしょうね。チャンピョンを襲おうとするナイフを自分の肩に受けた白石誓。彼の傷がスティグマスティグマータ)。チャンピョン≒自転車レースのために犠牲となって受けた傷。パラ・テクストとしての題名が作品内容を象徴的に表現していると思いますが、少し大げさかな。