つながり

 旅先で読んだ『夢果つる街』の訳者北村太郎

 北村は『荒れ地の恋』の主人公。友人の田村隆一の妻和子と恋愛関係に。

 この和子は有名な彫刻家、高田博厚の娘。

 この高田は獅子文六の友人。

 何となく再読している『獅子文六の二つの昭和』に出てくる福澤諭吉

 で獅子文六の父は福沢諭吉の弟子である事を初めて知りました。初読の時は見逃した。

 しかもこの父茂穂は豊前中津藩の武士の出で攘夷にとりつかれて、同郷の福澤の開国・外国かぶれに反対し暗殺団?に加わるも失敗。後に福澤に心酔してか時代の趨勢もあってか門下生となる。さらにアメリカ留学まで果たす。

 しかも(またです)有名な福澤の『学問のすゝめ』の共著者、小幡篤次郎が豊前から豊雄と名付けてくれたんだって。獅子文六の本名は岩田豊雄って言うんです。演劇人としてはこの本名。文学座の創設にもかかわった。

 来週月曜日が締め切りの書評の対象は慶応の名誉教授T氏の慶応義塾アメリカ関連本です。

 ずいぶんとつながった。極私的ですが。

 2週間ぶりの図書・情報館。でも休館でした。どうしようかと思いましたが、実は図書室の外のロビーと言うかホールと言うか、広い空間の窓際にカウンターがあって、しきりとスタンドと椅子があります。

  2月3月は春休みの高校生や受験生で混んでいました。でも今は大丈夫。初めてそこで勉強?悪くない。図書室のworking spaceの狭い場所よりもいいかも。

 そこで獅子文六と慶応・福澤さらにイサム・ノグチの関連について原稿を書き継ぐ。

 イサム・ノグチは母親(アメリカ人)と大森に暮らしている時に、横浜から引っ越してきた文六一家と近所になります。イサム7才、文六15才か。

 のちに文六はパリに留学(遊学)してフランス人女性を妻として日本に連れ帰りました。しかし彼女は日本になじめず帰国してまもなく病気でなくなります。文六は一人娘を育て、『娘と私』という半自伝的な小説を書く。

 イサムの母と文六の妻。日本と言う異国に暮らすヨーロッパ人の妻の暮らしずらさを想像してしまう。

 でT氏の本は、慶応とアメリカまたは日米だけでなく、もっと大きな地理的な枠組みで文学と思想を論じる壮大なプロジェクトで、理解するのも書評を書くのも大変です。

 でも全部読むのではなく、T氏の論文とアメリカ文学に関係する部分にしぼって書く。もっともそれでなくてはできないですし。

 何かつながったような、つながってもいないような。ま、それでいいのだと。

 しかも時間が僕のブランチ・タイムに近づいてきて落ち着かない。朝食はとらないので11時くらいにおなかがすいてきます。水曜のCPは日替わりが「レバニラ炒め」と店員さんに聞きました。でもおかみさんは「ニラレバ」といつも訂正してきます。美味しいからいいか。しかもここは黙っていても生ビールのジョッキと紹興酒をグラスでもってきてくれますし。