ハイスミスの作品、ベン・アフレックで映画化

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 次に読んだハイスミス作品は『水の墓碑銘』(Deep Water、1957)でしたが、これが ベン・アフレック主演で映画になり今はポスト・プロダクションのようです。相手役は『ブレードランナー 2049』で注目を集めたキューバ出身のアナ・デ・アルマス。監督は『ナインハーフ』、『危険な情事』のエイドリアン・ライン。何か、ハイスミスが注目されるのはいいけれど、エロティック・サスペンスとか書かれています。この映画に関心のある人はこの後には小説の結末を書いているの注意して下さい。

 さて1957年に発表された原作小説は、ニューイングランドの小都市に住む裕福な家族の物語。ヴィック・ヴァン・アレン36才、小太り、好きな本だけを出版している。美人の妻メリンダはここ数年、愛人をとっかえひっかえして夫だけでなく周囲のひんしゅくを買っている。そして6才の娘トリクシ―。

 ヴィックは妻の愛人に対して実際の殺人事件を話題にし、被害者は妻につきまとっていたので自分が殺したと言って怖がらせて追っ払っていた。しかしその話を真に受けた近所に住む作家のトムがヴィックを疑い出す。

 この人たちってのべつパーティをやっているんですね。少人数のものから年1回の仮想パーティまで、いつも集まっては飲みながら、食べながら、ダンスをしながら、おしゃべりをしています。そのパーティのうちに、プールで泳ぐのもメインになっているのがあります。飲んで泳いで大丈夫かと思いますが、アメリカの人って飲んでも運転をしていました。1970年代くらいまでだろうか、1980年代にはdrinking & drivingが問題になっていましたから。そのプールを利用してヴィックはメリンダの酔った愛人をそっとプールに沈めてしまいます。

 その事をメリンダと、知り合いの作家が疑い続けます。その後、メリンダのもう一人の愛人を石切り場でヴィックは殺してしまいます。こちらは行方不明とされてしまいますが。そして最後は数々の浮気の原因そのものだったメリンダを絞殺して警察に捕まります。映画はここまで描くのだろうか。少し残念なのは終始冷静なヴィックの錯乱です。ハイスミスはそのような普通の結末を書かないタイプに思えるのですが。

 効いているのがカタツムリの生育と観察。これは『11の物語』(ハヤカワ文庫、2005年)の冒頭の短編「かたつむり観察者」にもあるようにハイスミスはすきなんでしょうね。もちろん本作でも妻の浮気に耐える孤独な男のちょっと変わった趣味がカタツムリ。その生態、雄雌同体の生殖行動など、詳細にエロティックに描写されていて、ヴィックの、いやハイスミスの傾倒ぶりが伺われる。そのようなヴィックのクールなアモラルな行動と、最後の錯乱とがうまく整合しないような気がしました。急に普通の人の様に、自分の行動の異常ぶりに気づいて狼狽えたような。

 そう言えば前項の『妻を殺したかった男』のラストも、「妻を殺したかった男」であるウォルターが「妻を殺した男」であるキンメルに怯えて、間違えて別な男を殺し、そのウォルターをキンメルが殺して、刑事が登場するっていうのもハイスミスらしいのか、ハイスミスらしくないのか判然としないように思えました。