アメリカ文学研究の本道

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 タイトルについては後述。

 29日(土)は支部学会の研究談話会に前後して、機関誌郵送作業、役員会、総会、懇親会がありました。

 発表は3月に半年の在外研修から戻ってきた札幌市立大学の松井さんの報告と発表。

 日曜日は土曜に続いて午前中2時間程度テニス。夕方は西高(道立札幌西高校)の仲間と飲み会。ここは僕以外の4人は月曜にゴルフの予定らしい。札幌2名と東京2名のうち東京在住の1名と親しかったので去年から飲み会に呼ばれています。

 面白い事にずっと年1回集まっていた別の西高の仲間の集まりが去年からない。そのきっかけになっていた東京在住の一人の来札が途切れたのか、僕だけ声がかからないのか、外様的なメンバーなので分からない。

 さて、テニスよりも家庭菜園の進捗状況が気になる昨今。初めて苗ではなく種から育成してみたレタス。鉢に種を植えて、本葉にして地植えにします。レタスと枝豆と小粒の赤大根に挑戦。写真は鉢に植えた種が発芽してきたレタスです。

 タイトルは名古屋のアメリカ文学仲間とのブログ。う~ん、僕もそんな風に考えていてノワールとかやってきたのではなく何となくなのですが、理論的な背景を10才くらい若いとても優秀な研究者に教えられたというか。

アメリカ文学ってのは、存在自体、カウンターカルチャー的なところがありましてね。だから学会の主流とはかけ離れたテーマで研究してこそ、アメリカ文学研究の本道じゃっていう自負があるんですけど」

 実はアメリカの成立自体が、イギリスとヨーロッパに対するカウンター(対抗)であるんですね。で、英欧に対する断絶をうたいながら、継承するというアンビバレンツをも表象している。

 白人/キリスト教アメリカと有色人種/非キリスト教アメリカの多様性を積極的に統合していかないと、他の文化をヘイトする悪しきアメリカが現出するというか。