ヘンリー王子の問題になっている本Spareというタイトルを知って、漱石が養子に出された後、実家に戻された経緯を思い出しました。五男の夏目金之助は養家のトラブルで実家に戻されますが、あまり実の親から愛情を持って扱われなかったと漱石の著作(『硝子戸の中』、『道草』)で書いています。フィクションでもありますが。イギリス王室の場合はheir (継承者、相続人)に対して、spareは「控え、後継者代理、予備」かな。
漱石の場合は、長男と次男が相次いで結核で亡くなった後に、三男が家督を相続しますが、実家に戻っていながら養家の籍のままだったのがやっと復籍します。つまり「スペア」でさえなかった立場から「スペア」の「スペア」になる訳です。そのあたりを一昨年お世話になった(面識があるという意味ではなく、その著作が参考になった)石原千秋さんの『漱石の記号学』にピッタリの部分がありました。
「嗣子に故障が生じた際に、その地位を補充すべき予備的嗣子」。嗣子は「しし」と読むらしい。さらに「漱石は、跡取り直矩のスペアーとして夏目家に買い戻されたのだ。」(いずれも49頁)。「買い戻された」というのは、養家に養育料を支払った/返済したようです。
そこには、なんとおよそ100年を経ての、イギリスの王室と明治の名主階級の長子相続制の問題が浮き彫りにされています。
3部作の『それから』の代助(名前からして「スペア」です)は、長兄の息子が15才(元服?)になった時点で、「スペア」の役割を失い、父親から資産家のお嬢さんと結婚しないならそれまでの手当てを与えないと言われ、収入の道を失います。父親は少し傾きかけた家業を資産家に助けてもらう算段でした。しかも代助は友人の妻と愛し合うようになり、勘当されます。
ヘンリー王子も兄の皇太子ウィリアムの長男ジョージも10才になり、ほぼ「スペア」の役割を終えます。黒人の血を引くアメリカの女優と結婚した事でも、王室への反抗の意図が見えますね。実は僕も次男ですが、相続するものがほとんどないので、問題は起きませんでした。でも長男の兄は真面目で責任感が強く、次男の僕はノホホンと生きてきたような、典型的な長男・次男のキャラです。
写真はテーマと関係のない、アメリカのケープ・コッドにあるハイアニスの風景です。ケープ・コッド(鱈岬?)はボストンの南東にある岬で、ハイアニスはその中心と言われる保養地です。ケネディ家の別荘などがあって有名。自分で22年前に撮った写真です。後から調べたらルイス湾灯台のようです。