「デジレの赤ちゃん」について

 昨日は午後のテニスと、その後の紅葉見物。また知事公館に行ってきました。4時半ころで人出がなく静か。初めて公館の建物内部の見物もしました。その後は久しぶりに「ラ・メーラ」に行きましたが、貸し切りだとか。でも店主のMさんが元気そうでよかった。西高の20期下、北海学園の教え子です。

 で主たるテーマはケイト・ショパンの「デジレの赤ちゃん」について。孤児のデジレがニューオリンズの名家の跡取りアルマンに見初められ結婚するが、生まれた赤ちゃんに黒人の血が入っているので、夫に追い出され、赤ちゃんと心中する。その後アルマンの血筋の方に黒人がいた事が、母親の手紙で分かる。

 発表は優しい養母のヴァルモンデ夫人と、家父長制との対立で議論される事が多いのに反論する立場のようです。で、門外漢?の僕の推論は、血筋は父系ではたどりやすいけれど、母系の方は違うかなと。と言うのはアルマンとデジレの場合でも、夫は名家で血統は保証されている(はずだった)。一方、妻のデジレの方は孤児。多分美しさで選ばれた(「デジレ」はDesiree,「望まれた」という、英語のdesireの過去分詞、受け身です)妻の出自は曖昧だった。

 でも物語はもうひとひねりして、実は夫の母方に黒人の血が入っていた。でまず「黒人の血が入っている事がどうして問題なのか」という現代の僕らの認識はひとまず横において、100年前の時代と社会の物語として問題になるという風に進めていきます。僕的にはミステリーとしても面白い。まず、孤児≒捨て子という悲劇的な始まりがミステリー(謎)。そしてそれが優しい養父母に育てられ、名家の跡取りに見初められという-1個(孤児)、プラス3個(優しい養家+恵まれた嫁ぎ先+赤ちゃん)が、また反転して「黒人の赤ちゃん」という逆転できない大きな-(マイナス)が出現する。

 白人に見えるデジレにできた赤ちゃんが黒人と言う事は母親であるデジレに黒人の血が入っていたと夫アルマンは思う。自分の名家の血筋に黒人がいるはずはないという思い込み。そして若い母親は赤ちゃんを連れて自殺した後、夫は亡き母の手紙で母が黒人の血を引いていた事知ります。

 人種、ジェンダー、そして家族と愛と言う普遍的なテーマの物語で、短編とは言え、読まれ議論され続けるのにふさわしい物語だ。

 写真はチューダー朝を模した知事公館の建物と芝生のコントラストが美しい。かみさんも小さく?写っています。