40年前の大学・大学院の時は、教室でニュークリティシズムを習い、外では脱構築的なテクスト論を学んでいました。つまり僕たちより30才くらい年上の先生たちが若い時に学んだ文学理論を教えていて、僕たちは先輩と新しい文学理論を研究室で輪読という名前の自習をしていた訳です。いま考えても、優秀な先輩が後輩を鍛えてくれてよかったと思います。
でも後から支部学会で、筑波出身の仲間がテクスト分析の方法を使って滔々と、または朗々と語るのを聞いて、学生時代にきちんとたぶん先生から体系的に理論を学んできた人は違うなぁと思ったのをよく覚えています。北大にはアメリカ文学が専門の先生もいなかった。先輩後輩の切磋琢磨だけでは追いつけない部分もあったのだと思いました。
僕たちの若い時代は、テクストを作家から独立したものと考えるバルト的な「作者の死」を前提として考えていました。それ以前はあまりに作品の背後の作者を意識した作品分析が多かったからですね。まるで作品と作者を一体化して考えていた。すると作者のこれまた背後の履歴や、作品以外の発言等にも関心が向いて、作品からどんどん離れていく。それでいったん作者に死んで?もらおうというのが「作者の死」という事だと思います。60年代の欧米のポストモダン的な議論が、翻訳など少しタイムラグがあって、70年代にどっと押し寄せ、ものすごい影響を受けました。
で、テクストと作者の関係ですが、今度はそのような傾向が進んでいくと、また逆にやっぱり作品が書かれた背景もテクスト分析には必要だよねと、揺り戻しが起きてきます。ただ今度は作者の作品についてのコメントの重要度も、作品執筆時の事情なども、補助線的というか、中心はテクストである事は変わりません。作家のインタビューでも本当の事を言っているとは限りませんし。意図的に噓を言うとは思いませんが、どうしても自己劇化というか無意識の虚構が入る事もかなりの程度であるので。だからテクスト+コンテクスト(作家のコメントや背景など)をバランスよく視野に入れて分析するのがいいと。
「文学とは何か」のスタートの前の段階のコメントです。
昨日は歩いて中華の「あんにん」まで。30分以上かかったかな。混んでいました。20分ほど待って、アルコールなしの夕食。実はノンアルコールのビールを頼んだのですが、このサッポロは、前にトライしたアサヒほどおいしくありませんでした。
今日は5週間ぶりの通院。やはりまだ完治していないのは、ある薬を飲まないと症状が出てくる。テニスよりも治療が優先。
レポートの入力と確認も終わったのですが、まだ「保存」にして「提出」にはしていない。締め切りは10日後。採点は2週間も前にできていました。提出すると最後の仕事が終わってさびしいのかな。