オースターの『サンセット・パーク』は面白い

 

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 オースターの2000年代の作品を『ブルックリン・フォリーズ』(2006)、『闇の中の男』(2008)、『インヴィジブル』(2009)と読んで、2010年に突入した後の『サンセット・パーク』(2010)も読んだ。

 『インヴィジブル』は今さっき読み終えたばかりだから、『サンセット・パーク』について書きます。取りあえず『サンセット・パーク』が僕的には1番面白いと言おう。ただ読みやすいのを好む癖があるので、評価的には差し引いて考えるべきか。2008年のアメリカの金融危機が背景にあります。遠い日本にも、いや世界的にも波及した大手銀行破綻のリーマン・ショック、そしてその直前のサブライム・ローンという名前を憶えています。

 subprimeの prime はprime time(日本だと放送のゴールデン・タイム) prime rib(ステーキの美味しい部位)で知られているけれど、 subprimeになると言葉の表面的な意味は「最高位(prime)に次ぐ」ですが、実際には「信用力が低い、低所得者用の」という意味です。これは名前だけでなく露骨に支払いができないような人にも家を売りつけて、払えなくなったら取り上げる。『サンセット・パーク』の冒頭に出てくるtrash out(残存物撤去)がフロリダに住む主人公の一人の仕事。持ち主が不況で手放した建物を清掃し修理する仕事についているようだ。しかも壊して汚していくのは、「財産を失った者による、憤怒に駆られた衝動的行為であり、見てげんなりさせられとはいえ理解はできる絶望の表現である。」

 この若者マイルズ・ヘラーの友人ビング・ネイサンはブルックリンのサンセット・パークにある見捨てられた家に不法居住していて、マイルズに一緒に住まないかと誘う。そこにはすでに二人の女性も同居している。

 1960年代だと若者が一軒の家に共同で住むという話なら、あ、コンミューンの現代版ね。と言うような反応が元若者、現在70才にはなっている老人からありそうだけれど、時代は変わる。今思えば、ヒッピーってほとんど中産階級の白人の若者たちだった。ドロップアウトできるのは「持てる階級」の特権で、黒人やヒスパニック系の若者はドロップアウトできる家庭や学歴を持っていなかったんですね。そしてこの物語の若者はその中間かな。つまり大学をドロップアウトした若者が二人。博士課程の論文を書いている女性が一人。でもみんいろんな事情で住むところがない。

 女性の一人目のエレン・ブライスは不動産会社に勤めて、物件を紹介するときにビングと知り合い、共同生活に誘われる。彼女は20才の時に家庭教師をして生徒と関係し妊娠、堕胎後自殺未遂、名門のスミス大を退学している。性的な妄想にとらわれる画家志望の女性。

 エレンの大学時代のルームメートのアリス・バーグストルムが4人目。ウィリアム・ワイラーの『我等の生涯の最良の年』(1946)についての論文を書こうとしている高学歴だけど金がない。他の登場人物の場面でもこの映画が繰り返し話題になる。最後の場面でも。アリスは映画での戦争から戻ってきた兵士たちに祖父の寡黙さを思い出す。大恐慌のさなかに少年時代を過ごし、戦争が始まり兵士になって戦争に行って戻ってきた。彼らが話そうとしない事。そしてアリスの同年代のビングたちのえんえんとしゃべる事。

 デブなドラマーのビングは同性のマイルズを愛している気持ちを封印して、だからこそかマイルズの父親から金をもらってマイルズの情報を伝えている。この父親は出版社を経営していて、5人目の語り手として重要。

 マイルズは子供時代に義理の兄を道路に押し出して車に轢かせた記憶に悩みつつ、17才の未成年の少女と付き合っている。このエピソードも詳細に語られるが、エリスと生徒(16才)の関係と相似している。

  さてコンミューンならぬ不法占拠に対して立ち退きの通告があり物語はエンディングになだれ込みます。4度目の通告を経て警官が強制排除にやってくる。その混乱の中でアリスが警官に階段から突き落とされたとき、マイルズは思わずその警官の顎を殴って逃亡する。

  ストーリーの紹介で終わってしまった。オースターだけではないと思うのですが、性的な描写が細かく続くというかしつこいかも。それって日本人と違う欧米人、アメリカ人、ユダヤ人の特徴なのかも知れません。また若者の逃亡で終わるのですが、このマイルズは警官を殴っただけ?で、なぜ逃亡するのか。父親がいい弁護士をつければ2カ月くらいの懲役ですむ。

 ラストでは悩むマイルズの心の中で『我等の生涯の最良の年』に出てくる両手を失ったホーマーからホメロス、そしてホームレスへと連想が広がる。失くしたのは家だけでなく未来もだと考えるマイルズをおいて?小説を読み終える読者。

  かなり絶望的なラストの様だけれど、意外と読後感はそうでもない。マイルズの若さ、健康さ、頭脳、そして頼れる父親もいる。1960年代のドロップアウトと似ている部分もあるかも知れない。アメリカ社会全体の豊かさと余裕はなくなったけれど。翻訳の表紙のイラスㇳがかわいい。