ボッシュとウィッシュ

 

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漱石本はまだアマゾンに注文した本が何冊かあるけれど、少しボッシュで休憩。ボッシュは休憩的な娯楽的な読書になります。で、手元にあった最初のボッシュ本『ナイトホークス』。1992年発刊で、翻訳も同年?早すぎるようにも思えますが。

 

 ボッシュの家は木造、寝室一つきりの片持ち梁家屋で、ビヴァリーヒルズの邸宅のガレージほどの大きさしかない。丘のはずれにせり出しており、土台の中ほどが3本の鉄柱で支えられている。……ぞっとする立地条件にあるが、その見返りとしてみごとな景観があった。(上巻、98頁) 

 

 最近テレビ化(と思うのですが)の写真を見つけて載せましたが、この住む場所の選択はボッシュの孤独と危険とを象徴している。孤独と言えば原題はBlcak Echoなのだが、『ナイトホークス』とした訳者の判断も悪くはない。原題の方は「どのトンネルも黒いこだま(Blcak Echo)だった。死以外のなにものでもない。それでも彼らは入っていった。」(上巻195頁)から来ていて、ベトナムでの経験を表している。ベトコンが作った逃亡・戦略上のトンネルをアメリカ軍の兵士も降りて行って、追跡と戦闘に関わった。

 『ナイトホークス』の方は、捜査中に知り合ったFBI捜査官エレノア・ウィッシュのアパートにあったエドワード・ホッパーの有名な絵。最後に彼女からボッシュに贈られる。

 

 ボッシュは複製画を玄関ドアのそばの廊下にかけ、ときおり、帰ってきたときに、とくに仕事で疲れ切って戻ってきた昼や夜に、足を止め、じっと眺めた。絵はいつ見てもボッシュ魅了し、エレノア・ウィッシュの記憶を呼び起こした。暗闇。どうしようもない孤独。ひとりきりで座って、暗闇に目を向けている男。おれはあの男だ。ハリー・ボッシュはその絵を見るたびにそう思いのだった。(下巻313頁)

 

  ホッパーのNighthawks(1942)はシカゴ美術館にあり、行ってみました。でもヴィム・ヴェンダーズの映画やトム・ウェイツの音楽などにも影響を与えたというこの絵、またはホッパーの絵はそんなに好みではありません。たぶん分かりやす過ぎるからかな。だからアメリカで人気がある。

 ただボッシュのキャラクターの造形に関わるものとして関心があります。孤児としてのボッシュ。組織のアウトサイダーとしての孤独。家族のいない、家族を持たない。組織の中でも自分の刑事としての仕事を追求するあまり排除されてしまう。友人もいないか。ジャズは好きなようだけど、そんなに詳しくはないんですね、これが。初級レベルの音楽セレクションです。

 さていったんは別れたエレノアとは、のちの作品で再会し、しかも・・・。しばらくボッシュの冒険を追う事に。