青春小説と郷愁

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 井上靖の『夏草冬濤』(なつぐさふゆなみ、新潮文庫)というタイトルをアマゾンで見かけたのがきっかけで、三部作を文庫で購入して読みました。

 『あすなろ物語』が有名ですが、その自伝的青春小説の詳細な展開が『しろばんば』~『夏草冬濤』~『北の海』で、『北の海』は今回初めて読みました。

 十代の頃だと思いますが、二十代だったかも知れません。『夏草冬濤』というちょっと変わったタイトルの小説を単行本で持っていた記憶があります。表紙や装丁の記憶もあり。1907年(明治40年)生まれの小説家の大正初めの少年時代の描写と物語が面白かったのだろうか。

 軍医の父親を持った井上は旭川に生まれますが、すぐに父が韓国に転勤したので母の郷里の伊豆の湯ヶ島で祖母に育てられます。この両親と離れて、祖母(本当は血のつながらない、曽祖父の妾)に育てられる環境が洪作(主人)のある種自由な、気ままな、ちょっと茫洋として大きくも見える性格を形成します。

 つまり両親の監督(監視、支配)のない、でも代々医者の名家の息子として敬意を払われる主人公。血のつながらない婆さんのある意味で人質のようでもあるけれど、十分な愛情も注がれる。普通の家庭生活を営んでいない少年が普通の少年の読者には新鮮に思えたのかも知れません。

 『しろばんば』では小学校卒業まで、『夏草冬濤』では秀才だった洪作が中学の1年上の文学やスポーツに秀でた少年たちと交流する時代。タイトルは気の合った者同士で、故郷の夏や冬を満喫したという意味の様です。この作品が気に入ったのでした。

 で続編の『北の海』では柔道に熱中して、金沢の第四高等学校の柔道部の練習を見学に行く。最後は台北にいる両親と弟妹の元に合流する船の旅です。その後第四高等学校に入学し、九州大に入学するも中退して京大に入学して卒業します。京大の教授のお嬢さんと結婚するので、優秀なのか女性にもてるのか要領がいいのか?

 戦後は43才で『闘牛』芥川賞受賞。『風林火山』、『淀どの日記』などの歴史もの、『敦煌』、『楼蘭』、『蒼き狼』などの中国の西域ものが有名ですが、僕的には少年時代を描く青春小説がこんな自由な少年時代を過ごす事ができたらいいなぁという願望と、自分の少年時代と少しは重なるものがあるとしたら郷愁をかき立てられるのか気に入っています。

 写真は唐仁原教久という2才上のイラストレータの表紙で、これもいい。