「お楽しみはこれからだ」とユダヤ人の伝統

f:id:seiji-honjo:20200628081113j:plain


 『週刊文春』の能町みねこさんの「言葉尻とらえ隊」で、Black Lives Matterの訳についていろいろと書いていましたが、これは何回も書いているのでパス。けっこういい意見もあったのですが。

 またドン・プーレンですが今度は音楽ではなくタイトルの英語について。”Ah George, We Hardly Know Ya”という曲のタイトルの意味です。双頭バンドを組んでいたミンガス・グループ時代からの盟友ジョージ・アダムズ(サックス)が1993年に50才ちょっとで亡くなった時に書いたレクイエムです。Ode to LifeLive Againというアルバムで演奏しています。意味は「ジョージ、君の事はほとんど知らないようなもんなんだね」という意味ですが、気持ちとしては「君の事をもっと知りたかった」、「君をもっと知る事はもうできないんだね、残念だ」ということだと思います。

   連想して思い出すのが、和田誠が自分のエッセイ集のタイトルにも使った「お楽しみはこれからだ」。元の英語は1927年の映画『ジャズ・シンガー』。最初のトーキーと言われていますが、部分的なトーキー。落ち目立ったワーナー・ブラザーズが新しい機材ヴァイタフォンで一部音の出る映画を作りました。このユダヤ人芸人の話は「人種の政治学」という論文に書いた記憶が微かに?あります。問題のセリフは”Wait a minute, wait a minute. You ain't heard nothin' yet!”というもので、直訳では「君はまだ何も聴いてないんだよ」となり、意訳すると「お楽しみはこれからだよ」となる。

 『ジャズ・シンガー』は主演のアル・ジョルスンの舞台を見たユダヤ人青年サム・ラファエルソンが原作を書きました。そこではユダヤ教の儀式で合唱団を指揮する世襲の家に生まれたジェイコブ・ラノヴィッツ少年が、家を出てジャック・ロビンという芸人となりブロードウェ―でデビューします。原作は最後には父の元に戻るのですが、映画は違う。文学の方が伝統を重んじ、映画の方はアメリカに同化する物語を描いています。

 このアル・ジョルスンの生涯を描く『ジョルスン物語』に主演したラリー・パークス。この『ジョルスン物語』が” You ain't heard nothin' yet!”の初出だとする記事もありますが、もちろん『ジャズ・シンガー』が先です。1949年には続編の『ジョルスン再び歌う』が再びヒットしますが、1951年、パークスは下院非米活動委員会(HUAC)によって召喚されます。ハリウッドの赤狩り共産主義者だけでなくユダヤ人をもターゲットにしていきます。

 写真は『ジャズ・シンガー』のポスター。映画でもお母さんがけっこう前面に出てきます。Jewish motherって日本の「教育ママ」のようにも言われますが、少し違うみたい。ヨーロッパのユダヤ人は住んでいる国の政治的な問題をユダヤ人差別にすり替えられて、身代わりの子羊みたいに排斥/追放される事が多かった。そうすると財産は不動産やその国の貨幣ではなく、宝石の形で所有して一時あれば持って逃げる。子供にはどこに行っても通用/適応できるような教育や知識を授ける事に意を払います。ノーベル賞受賞者が多いユダヤ人が遺伝的に優秀というよりも、考える訓練がユダヤ教の教義の解釈における知的訓練もふくめて生活や環境的なファクターが多いのでしょう。