ヨブ記/つむじ風/人生

 元の勤務先の学長/理事長のY先生からエッセイ集が送られてきました。

 最後の11年間同じ学部で、研究室も隣り、同い年で親近感を持っていました。もっとも僕とは、性格も学歴も研究業績も、現在のポジションもかなり違いますが。

 さてご本のタイトルの『つむじ風に巻き上げられて』は、ヨブ記の40:7に由来します。篤信のヨブが信仰に迷いと疑いを持っているのたいして、神がつむじ風の中から「腰に帯して、男らしくせよ」と叱咤する部分です。

 この「つむじ風」が英語の聖書では’storm’なので「嵐」の方がと思いつつ、ヘブライ語では「つむじ風」なのかなとも推察します。そしてヨブ記からの引用は、Y先生が東北のH学院に在職中に同僚だったS先生の著書『腰に帯して、男らしくせよ』とまさに同じ部分からの引用である事が分かります。Y先生がもっとも尊敬する同僚だったと言うS先生については教え子のO先生による追悼本『S先生のこと』に詳しく書かれ、ヨブ記も重要な役割を果たしていました。

 またY先生は鳥取の米子出身で、鳥取市近郊の八頭郡出身の母方の父祖(本城)の関係からも親近感を持っていました。さらに僕の方が軽い症状で申し訳ないのですが、同病の同志で?もあります。そしてドイツ・キリスト教史を専門とされるY先生が北海学園大学に10数年前に赴任するまでも、ご本人が書いているように「順風満帆な歩みでは決してない。むしろ逆風に弄ばれたジグザグの旅程であった。…まさに「つむじ風に巻き上げられて」という聖書的心象がぴったりくる。」と。

 それに比べると、札幌に生まれ、札幌の大学を卒業し、札幌で40年間務めたというのは、何という変化の少ない、平凡な人生だったと、わがことながら少し?あきれてしまいます。これは冗談ではなくかなり本気でそう思っているんです。何かもう少し変化のある人生を送り、もう少し人の、社会の役に立ちたかったなと嘆慨つつ、ビールに手がのびてしまいます。今日は少し痛風ぎみでテニスを遠慮?したのですが、晩酌はちゃんと実行しました。