『お菓子とビール』とタイトル

  1930年、サマセット・モーム56才の時の作品で、一番(それほど読んでいないのに)好きかも。作家自身もModern Libraryで出版された時の序文で、「『人間の絆』が私の作品の中で一番優れているという一般の意見に同意しますが、『お菓子とビール』が一番好きです。素敵な女性の微笑みが作品の中から再び立ち上がってくるからです。彼女がロージー・ドリッフィールドのモデルでした。」と言っています。

 岩波文庫の訳者、行方さんによると、その女性はモームが愛したただ一人の女性だったようです。彼女に求婚を断られた後に一度結婚をして、娘ができましたが離婚をしています。その前後が男性の秘書(パートナー)が続きます。

 原題のCakes and Aleはシェークスピアの『十二夜』とイソップの「街ネズミと田舎ネズミ」の挿話に出てきます。『十二夜』の方は、第2幕第3場で。主人公のヴィオラは事情があって男装をしているのですが、自分が仕えている公爵の事を好きになります。ところが彼はがオリヴィアという伯爵令嬢を好きになり、しかし彼女はヴィオラを男性と勘違いしてに好きになってしまいます。少しややこしいかな。オリヴィアにはやくざな?叔父が居候をしているのですが、深夜酒盛りをして騒いでいるところに、伯爵家の執事がきてこれ以上騒ぐと城から出て行ってもらうと最後通牒を突きつけます。それに対して「たかが執事のくせに、自分が堅物だからって、酒も肴も許さないって言うのか」と啖呵をきる場面です。

   

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でも酒を飲んで騒いでいるのに、cakes and aleって少し分かりずらい。「美味しいもの」と意味かも知れないと思うのは、「街ネズミと田舎ネズミ」の"Better beans and bacon in peace than cakes and ale in fear." とう表現から。田舎ネズミのところでごちそうされた街ネズミが今度は僕のところでと田舎ネズミを誘います。街で田舎にはない本当のごちそうを目にして田舎ネズミは驚きますが、人や猫が出てきて慌てて逃げざるを得ない。そんな事が続いて、田舎ネズミは前述のような言葉を吐くんですね。「お菓子とエール」は「美味しいもの」。でもう1回訳者の解説を引用すると「人生を楽しくするもの」、「人生の愉悦」だと。

   次に副題について。今日はこれで終わりにして中身については明日。

   The Skeleton in the Cupboard という副題が付されています。「人に知られたくない家庭の秘密」とは。『お菓子とビール』は語り手の作家が若い時に知っていた大作家がなくなり、未亡人から伝記執筆を依頼された知り合いの作家にその資料提供を頼まれます。語り手にとってはその大作家と妻との交流が思い出される訳ですが、未亡人にとってはthe skeleton in the cupboardになるんですね。

   写真はペーパーバックの表紙です。自転車は、主人公と作家夫妻の出会いの道具でもありました。