追及の作法@I市のT市長の卒業証書問題

①卒業と卒業証書:卒業していない事は本人が知っている。したがって卒業証書は存在しない事も知っている。→ その上での卒業証書とは、友だちが同情して遊びで作った偽物か、偽の卒業証書を作る業者のものか、そのどちらか。

②(本物の)卒業証書は存在しないのだから、卒業証書をあるなら見せろという追及はあまり意味がない。本人が市会議長に何を何分見せたかはどうでもいい。でもやっぱりというか、19.20 秒と言う市長のレトリック(内容ではなく表現)がうまく利用されてしまいました。

つまり「ちら見せ」ではなく「ちゃんと見せた」という事をうまくメディアに使わせるように表現したT市長のつまらない勝ち。

どうして問題の本質を原理的にとらえて、それを言葉で表現できないのだろうか。不思議・・・

③卒業していないのに、しかもその事を本人は知っているのに、選挙の時に、または選挙後の市の広報に卒業と記載した事を追及すればいい。それは明らかに学歴詐称なのだから。

 本人が卒業したと思っていた可能性もないとは言えない。または卒業したかどうだかよくわからないんだという楽天的なぼんくらも世の中にはいる。それはそれでいい。けれど、そのような人はぼんくらな幸せな人生を送ってくれればいいので、市長になってはいけない。

④「除籍」について:これは所定の期間内に単位を取得しなかった場合と、授業料を納入しなかった場合の処分。多くの学生は中退と認識しているかもしれないが、除籍となって通知が来るはず。今回の事例では、最近になって除籍と知ったようだ。それはあり得る。一般的に卒業か中退かと言う認識で、除籍と言う措置・処分・概念を知らない可能性があるから。それでもと言うかさらに、卒業証書はありえない事になる。

 

結論:だから現在問題になっている事件について、市議会≒百条委員会(兵庫県で有名になった)の追求の仕方、そしてそれを報道するメディアの両方とも歯がゆい。卒業書を見せろとか、それは本物なのか、とかはどうでもいい。卒業していないので本物は存在しないのだから。

関係機関が③について追及し、その上で付随的に補完的に卒業証書について追及するのが合理的な順番だと思う。そして関係機関がそのような合理的な追及をしない場合は、報道機関がその点について指摘すればいい。

 

感想:ガザやウクライナなどの攻撃や紛争の被害者の報道や映像を見ていると、上記の問題など論ずる価値のない事例にも見えるけれど、気になって・・・

 

補遺:卒業証書と卒業証明書:

 卒業証書は、卒業時に授与される学校教育法上定められたもの。僕は失業式に出ませんでしたが、学部事務で貰えたと思います。手元にあるかどうかも定かではない。

 でも卒業したかどうかも分からない人もいるようですが、普通の会社や組織に勤めた事のない人でしょうかね。さらに地方とはいえ首長になる人がそうではまずいと思います。

 そして卒業証明書は、必要なら何度も出してもらえるもの。

 僕は大学を卒業して大学院に入り、修士課程2年のところ4年かかってよれよれで

終了しました。1年後、地元の私立大学に就職し、38年務めました。たぶん事務には何らなかの証明書を提出したものと思います。