女優本、コンセプト/ストラクチャー/アプローチ

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 たまたま2冊の女優に関する本を読みました。一人は 淡島千景(1924‐2012)。小津安二郎の『麦秋』で関心を持ちました。もう一人は中原早苗(1935‐2012)。こちらは深作監督の奥さんという事と、日活時代を中心に様々な映画に出ていて、俳優や監督について正直にコメントすると予想していました。

 まず『淡島千景 女優というプリズム』(青弓社、2009)。淡島千景へのインタビューを中心に、5人の映画研究者がそれぞれ淡島千景論を書き、後輩で親友の淡路恵子と淡島のマネージャーのへのインタビューも収録。淡島千景へのインタビューが全体の7割くらいかな。

 全体として面白かったけれど、淡島さんがちょっと謙虚な人なので、監督や俳優への率直な感想は少ない。でもその人柄は垣間見えてそれはいい点でした。努力は当然、よく動ける(宝塚出身)、色っぽいような男っぽいような、自然体のキャラで、監督に信頼され、共演者にも好かれる。でも色恋には向かないのか、生涯独身。

 けっこう芝居についてはきちんと考えてる。例えば、渋谷実監督に言われた「〈粒立てて〉というのは、結局、言葉が流れて行かないように、そこだけは特別にハッキリ言わないとダメ、ということだと思います。セリフや芝居が、何となくここまできちゃった、という感じで流れていくんじゃんなくて、〈そこに何かがあるんだな。あ、それでそこにきたんだ〉って、観ているお客さんにも勘どころがわかるように、ということを先生(渋谷監督)はおっしゃんたんだと思います。〈メリハリよく〉って言えばわかるかな?」という説明は、淡島さんの理解力と表現力がよく分かる。かえってインタビューしている映画研究家の方がトンチンカンな反応でした。

 で、ちょっと変だなと思ったのは、著者が淡島さんとなってて、後の4名が編著者となっている点。淡島さんは著者ではないでしょう。タイトル以外にもこの大女優の名前を出さないと売れ行きに関係するからなのか。でも複数の映画研究家が編著者なのに、違和感を感じないのは「著作/著書」についての認識がこの程度なのだろうか。のこれは中原早苗本も同様で、少々不思議。それについては次回。

 タイトルは本の企画/意図、構成そして女優の本音を聞き出すアプローチについて考えてみたので。だいたい企画はいいです。俳優(女優)への尊敬と、その業績の細部について知りたいと言うファン+研究者のスタンスが最初にある。しかし、それを本として作る=構成をどうするかについては、残念ながら問題が残ります。

 次にアプローチ。淡島さんへのインタビューの時に特定の映画の特定の場面を一緒に見て質問をするのは、面倒かも知れないけれど、とても有効な方法だと思いました。中原さんへのインタビューの時は、「この映画は覚えていない」という返事が多かった。確かに出演した映画も多かったけど、これはインタビュワーの準備不足。映像でなくても写真を用意しておけば、もう少し映画の記憶を掘り起こせたと思います。

 でも中原さんはとっても率直な人なので、一時期同棲していた川地民雄や監督の今村昌平などについてはけちょんけちょんにけなしていました。川地民雄は菅原文太とのマムシの兄弟などでいいあじを出していた俳優でしたが、中原さんに対してはDVもあったようで。最後に夫の深作欣二についてもその映画監督としての才能は認めつつ女優たちとの関係についてはかなり怒っていたよう(当たり前か)。僕でもM坂K子とかO目K子とか有名なスキャンダルについては知っていましたし。監督もいい男だったし。