ハイスミス、生誕100年 その1

 小津、オースター、次はそんなに引っ張らないと思うけれど、小林信彦。『小説探検』(本の雑誌社、1993年)を読みだして、そのまま眼科へ。読書メガネが合わなくなって検眼に。待合室で読んでいました。軽い白内障と診断されて、目薬をもらいました。先輩のI藤さんは白内障の手術をして、眼鏡をかけないで見えるようになったとか。

 パトリシア・ハイスミスを小林さんは評価していて、何度も書いています。小林さんも僕も評価する閨秀作家の生誕100年を祝って少し詳しく書いてみます。

メアリー・パトリシア・ハイスミス(Mary Patricia Highsmith)は、1921年テキサス州フォートワースに生まれ、6才の時にニューヨークで母と義父と暮らす。不幸な家庭環境から逃避するように高校時代から構内雑誌の編集に加わり、42年バーナード・カレッジを卒業している。1950年29才の時にハーパー社から『見知らぬ乗客』を発表。

ヒッチコックはこの無名の女流作家のデビュー作を取り上げたのは交換殺人のアイデアが気に入ったからでしょう。54年の『ダイヤルMを廻せ!』は委託殺人で、ハイスミスの方は『アメリカの友人』(トム・リプレー物)で、また『妻を殺したかった男』では便乗殺人、さらには模倣殺人のように交換殺人のバリエーションは、ミステリーを好む監督や作家のよく使うアイデアだと言えます。

 原作『見知らぬ乗客』の冒頭を読むと、列車に乗っている主人公ガイ・ヘインズのイライラが、列車の各駅停車、揺れなどもふくめて、次第に妻との離婚の話、必要なお金の事、仕事の建築のプランがどうなるかなどを考えていると、ブルーノと言う青年が向かいの席に座る。うまい出だしだと思いました。映画ではブルーノを演じるロバート・ウォーカーの少し甘えたような表情がガイへの同性愛的な志向を結果的には表現しているように思えますが、ガイのフェアリー・グレンジャーが端正だけれどその方面の関心はなさそうで、殺人の話に集中してセクシュアルな話題は異性間に終始します。

 この部分は角川文庫の『見知らぬ乗客』の解説を参考にしていますが、執筆者の新保博久さんの10頁にもおよぶ解説が、ハイスミスの受容と評価の歴史もふくめてとても参考になったので、お礼の意味も込めて『シンポ教授の生活とミステリー』まで注文してしまいました。文庫は1972年初版ですが、改訂初版が1998年で作家没後です。有名な映画2作に連動して注目された後は不遇と言ってもいいのでしょうが、1992年『ふくろうの叫び』(河出文庫)がきっかけであらためて注目されます。そして95年に亡くなります。

 欧米のミステリー作家の書斎の写真とインタビューがふくまれた本を何冊か読みましたが、ハイスミスはなにか人嫌いの一人暮らしが垣間見える様子でした。そしてもちろんそれを気にしていないような、人は孤独だと達観した仙人のようにも。フランスで1988年ハイスミス賞がいう名のミステリーを顕彰する賞できたようでフランスでの評価は高そう。フランス人がハイスミスアメリカ的なものをみたのか、ヨーロッパとは異質な何かをみたのか。

 

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ここまでで思ったよりも長くなったので、その1として、その2は明日に。