Smoke & Blue in the Face

 ポール・オースターと映画の関係。1993年の『偶然の音楽』は原作提供のみ。1995年の『スモーク』は原作・脚本。同年の『ブルー・イン・ザ・フェース』は共同監督も。そして1998年の『ルル・オン・ザ・ブリッジ』は初の単独監督作品になります。あと2001年に『スモーク』の監督ウェイン・ワンに原作を提供。

 さてここでは『スモーク』について、相変わらず映画そのものではなく、原作と脚本についてです。映画は当時見た記憶があります。印象はまぁまぁだったかな。今回のテキストは英語のペーパーバックSmoke & Blue in the Faceとその全訳の『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』(新潮文庫)。

 

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 文庫は400頁でけっこう厚い。監督のウェイン・ワンの序文にはじまり、オースターのインタビューをはさんで、『スモーク』の脚本、原作の短編「オギー・レンのクリスマス・ストーリー」。後半は『ブルー・イン・ザ・フェイス』の成立過程を述べたオースターの短文、オースターが役者たちに与えた「役者のためのノート」、そして『ブルー・イン・ザ・フェイス』の脚本が最後にきます。全部きちんと読むとけっこう時間がかかるので、僕は取りあえず前半のみ。

 で『スモーク』の脚本、けっこう面白いです。そして文庫で30頁弱のインタビューもメイキングの大変さも分かって面白い。ルノワール(監督の方)やブレッソンに交じって小津の名前も出てきます。また日本人プロデューサーも関わっています。ロバート・アルトマンも脚本にアドバイスをしたとか。

 文庫で13頁の短編が150頁の脚本にふくらんでいます。主人公の一人オギー・レンはブルックリンのタバコ屋の店長。そしてタバコ屋の常連で友人としてポール・ベンジャミンが映画では登場します。原作ではオギー・レンの語るエピソードの聞き手(作家)でしたが、ここではもう一人の主人公として。しかも名前はオースターの筆名の一つ。

 オギー・レンを演じるのはハーヴェイ・カイテル、ポール・ベンジャミンはウイリアム・ハート。どっちも渋くてうまい、なかなかのキャスティングです。オギーの方は後半で10数年間に別れた恋人が登場して、二人の間には娘がいると告白する。ポールの方は数年間に事故で妻を失い、作品が書けなくなっている。そのポールが車にひかれそうになったところと黒人の少年が助け、家出中の少年をポールは数日アパートに泊めてあげる。

 この少年のキャラクターは原作短編に登場します。そして少年の父親との再会と交流も描かれる。う~ん、まだ小津映画を連想しますが、この『スモーク』も欠損家庭が多い。ま、現代の家族像の現実とも言えますかね。小津映画も恵まれた家庭の幸せを描いていると批判されますが、よく見ると家庭の崩壊とは言わないまでも、離別・別れが底流にある事が分かります。

 アメリカ映画の描き方は、もう少し過激でオギーは元恋人に無理やり娘に会わせられるけれど、この娘が父親らしきレンに浴びせる言葉が厳しい。演じるのは『コレクター』(1997、テレンス・スタンプ主演の同名映画とは違います)で主演級となる前のアシュレー・ジャッド。じつはこの分が映画としては余分かなと思いながら読んでいました。二人いる主人公に物語を作ってあげたいのかも知れないけれど、レンは人が集まるお店の人として、ある種の狂言回しでいいと思います。これもグランド・ホテル形式の一種かも知れない。

 狂言回しと言えば、レンはカメラで店の前を撮り続けていて、それを見せられたポールはその中に自分の死んだ妻をみて泣き出してしまいます。定点観察者としての主人公。

 これから英語版を読んでみようと。