櫻谷の寒月にしびれる

 木島櫻谷(このしまおうこく)という明治10年生まれの日本画家について3週間前くらいの新聞で知った。明治後半から昭和初期に活躍したようです。曽おじいちゃんが狩野派の絵師で、おじいちゃんと父さんは宮廷に高級家具を納める仕事をしていたらしい。

 高等小学校を出て商業学校予科に進むけれど中退。お父さんの友人で親代わりでもあった京都画壇の大家に弟子入りする。四条・円山派(よく分からない?)の流れをくんだ写生を基本として、初期は動物画を得意としたらしい。明治32年(1899年)から36年(1903年)の作品が宮内庁天皇買い上げになるというから、作品の質や題材もそのようなものだったのだろうか。

 題材も花鳥画山水画、歴史人物がへと広がっていくが、展覧会のあり方の変化も櫻谷の画才というか画風にあっていたようだ。というのは展覧会が西洋建築による大空間で開催されるようになると、伝統的な屏風絵を左右対称ではなく、時間が止まったような静的な空間と動物の動きが横長の画面で統一されているように見えます。

  京都市立美術工芸学校(現京都市立芸術大学)の教授になり、京都画壇において注目されつつもその画風によって敬遠された。京都の郊外に隠棲し、しかし次第に精神を病み、昭和13年京阪電車に轢かれて亡くなった。享年62才。

 

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「寒月」は月に照らされた雪深い竹林と、一匹の狐がパノラマ的な横長のキャンバスに描かれます。魅かれたのは竹林と雪と狐の静謐で孤独な時間が感じられた事。日本画でありながら、どこか西洋画の色合いもモノクロームに見える中から青や茶などが塗られているように見えます。狐の足跡も動きを暗示し、静と動、墨絵とカラー、日本と西洋などの矛盾が統一されて、奥深いリアリティが感じられる(ような気がします)。