暗いけど、美しい ジュリー・クリスティ

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 40年近く前に大学に赴任した年の図書新聞に自己紹介の一文を書きました。1980年当時はワープロもなかったので原稿は残っていませんが、好きな女優としてジュリー・クリスティの名前を挙げたのを覚えています。

1940年生まれのイギリスの女優はやはり暗い美しさを持った女優でした。前項のシャーロット・ランプリングとは違い正統的な美人ではなく、少し男っぽい造りの顔立ちのような気がします。インドで生まれロンドンの演劇学校で学び、1965年の『ダーリング』でアカデミー賞を受賞し注目されます。

 もっと一般的にはやはり1965年雄『ドクトル・ジバゴ』。パステルナーク原作、デヴィッド・リーン監督、主人公の医学生を演じるオマー・シャリフはアラブ人なのでロシア人には見えないような気がします。同じリーン監督の『アラビアのロレンス』の方が似合っていた。

 1966年はブラッドベリ原作の『華氏451』。監督はフランソワ・トリュフォー。これも作品としてはいまいちかな。

 1966年の『遥か群衆を離れて』はトマス・ハーディ原作。相手役がテレンス・スタンプでイギリスのいい意味での癖のある俳優の共演。監督は『真夜中のカーボーイ』(1969)で有名なイギリスのジョン・シュレンジンジャー。

 1972年の『ギャンブラー』(アルトマン監督)と1979年の『天国から来たチャンピョン』はウォーレン・ビーティとの共演で、この時期は恋人どうしだったらしい。プレイ・ボーイで有名なビーティだがジュリー・クリスティと付き合っていた事で僕的には評価があがります。『ギャンブラー』は今はなくなった松竹座で見た記憶があります。『天国から来たチャンピョン』はビーティが監督。共同監督のバック・ヘンリーは『卒業』(1967)、『キャンディ』(1968)、『キャッチ22』(1970)の脚本・出演で気になる才人でした。

 この後1983年にはあの『鳥』(ヒッチコック)の原作者デュ・モーリエの原作『赤い影』でドナルド・サザーランドと共演。監督はニコラス・ローグ。あの『アラビアのロレンス』、『遥か群衆を離れて』などの撮影監督をした人です。僕的には1979年の『ジェラシー』が主演のアート・ガーファンクルテレサ・ラッセル(監督夫人)とキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」の出だしが流れて来るのが印象に残っています。

 さて最後にカナダの女優サラ・ポーリーが監督した『アウェイ・フロム・ㇵ― 君を想う』での主演。格好いいおばあさんになっていました。これはアリス・モンローの『イラクサ』にふくまれる「クマが山を越えてきた」が原作ですが、けっこう複雑な短編です。これはこれで別に語りたいような。

 ジュリー・クリスティと一言で言うと、タフ、毅然としている、男っぽいけでど女性としての魅力にもあふれている。