缶詰の話

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  数回前にオイル・サーディンの缶詰の話をしましたが、ナポレオンが軍隊のためにはじめたような話として覚えていました。実は少し違って、ナポレオン時代の発明は瓶詰でした。19世紀初頭に皇帝となったナポレオンは軍隊を引き連れてドイツやロシアと戦っていたが、兵士たちの食料確保に悩まされていました。戦いを続けるためには兵士と武器は必須ですが、その次くらいに食料、その次が医療かな。今でいうロジスティックですね。衣食住の住は野営などの施設。戦争中の後方支援そして撤退などの用意と実施が不可欠。

  さてそこで食料を長期保存する方法を公募した際に採用されたのがまずは瓶詰めによる食品保存法であったようです。当時の食品保存の方法は塩漬けや酢漬けであり、長期保存するのは難しかったところに瓶詰め保存法が考案されたことで軍の食料確保が確実になり、しかも美味しくて軍の士気も上がったらしい。  瓶詰発明の後に、イギリスにおいてブリキ缶で食品保を存する「缶詰」が誕生したのが1810年。その後アメリカで本格的に缶詰が工場で生産されるようになり、南北戦争では軍の食料用に缶詰の需要が増え、一気に広まったといわれています。

  日本では1871年長崎で語学学校に勤めていた松田雅典があるフランス人に出会ったと。そのフランス人が持ち込んだ牛肉の缶詰は、数ヶ月前に作られたものにもかかわらず腐っていなくしかも美味しい。松田さんは缶詰の素晴らしさに驚き、すぐにフランス人指導のもとに作り始め、日本で初めてイワシの油漬け缶詰を完成させた。なぜイワシの油漬けだったかというと、缶の中を油で満たすことで簡単に空気を抜くことができるからだ。このあたりよく分かりません。缶詰の歴史の最後は北海道に関連します。

  1877年には北海道に北海道開拓使石狩缶詰所が作られ、日本で初めての缶詰工場として生産を始めています。場所は現在の石狩市観光センター付近。この時代ですのでお雇い外人から技術指導をうけ、材料は鮭。その後カニになり、蟹工船は1929年(昭和4年)の小説『蟹工船』で有名です。2003年が作者小林多喜二の生誕100年、没後70年に当たるらしく頃に再び注目され、僕も多喜二の母が主役になった一人芝居を2008年頃に札幌で見た記憶があります。

  最初に戻って最後になりますが、オイル・サーディンはどんな風に食べても美味しい。でアメリカって何でも缶詰にしてしまう。ハムの缶詰はスパムで有名になりましたが、スパゲッティ―の缶詰というのがあって不味いそうです。話のついでに珍品の缶詰を調べてみたら、けっこうありました。たこ焼き、出し巻き卵、唐揚げ、トドの大和煮この辺りまではまぁあり得るかと思いますが、富士山の空気?フランスではクロワッサン、またアメリカではチーズ・バーガー、一番驚いたのは、黒アリの缶詰まであって・・・

  絵的にはクロワッサン。