菊正とポストモダン

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  また奇をてらったタイトルになりました。これは少し関心のある、けれど無関係のテーマを無理やりくっつける事で発生するんですが、それってポストモダンでもあるかな。

 さて菊正宗の樽酒(720ml瓶)を最近愛用しています。きっかけは正月から即席の日本酒愛好家になり、大吟醸よりは浅草の並木やぶにおいてある菊正宗の樽酒。これが美味しい。もう1軒、これは山口瞳のエッセイで知った銀座3丁目の「はち巻き岡田」も菊正宗の樽酒だと思います。ここは1回しか行っていないけれど、思ったよりもカジュアルなお店で、実は作家の奥さんと息子さんが来ていました。僕は山口瞳を一時期読んでいて奥さんも息子さん(作家)も写真で知っていました。

 その菊正宗の樽酒を毎日450ml(5勺)のグラスで2~4杯飲んでいます。樽の香りがしておいしい。

 ポストモダンの方は、この現在の混沌とした世界がポストモダン以後の世界ではないかと愚考しています。近代(モダン)の啓蒙思想を基盤とした民主主義と資本主義の社会が60年くらい前に揺れ動いたのが1960年代で、アメリカではカウンター・カルチャーとして世界にも影響を与えました。

 近代の進歩・発展といった正しい理念が白人/男性/大人のためであった事への抗議が、公民権運動、ウーマン・リブ、ヒッピー・ムーヴメントとして現れました。それはそのままポストモダンの議論として1970年代にはじまり、日本では1980年代にニュー・アカデミズムの流行と一緒に、ポストモダンの論客と思想が紹介されました。山口昌男柄谷行人浅田彰など、書いていても懐かしいですね。

 そして2001年の9.11から、またはその前のソ連崩壊から、ポストモダン以後の世界に移行したのではないかと議論が少しだけありました。それはポストモダン自体が、モダンとの断絶もありますが、連続/継承している部分もあります。

 そしてポストモダン以後はポストモダンとかなり連続しているけれど、異なる部分の指摘が待たれる。自分でも考えてはいるけれどまとまりません。少なくとも新型コロナ・ウィルス禍の欧州を見ていると、EUによる国境の解消による移動の促進がウィルスの移動を許したのではないかとか。中国と言う超大国の影響がWHOの事務総長が中国から大規模の投資を受けているエチオピアの政治家だったり、ヨーロッパでも中国との協力関係が大きい北イタリアの感染が大きかったり、これはモダンともポストモダンともポストモダン以後とも言いずらい。これはまだ宿題として、ずっと先に考えます。

 ちょっと思い出しましたが、カウンター・カルチャーの時に環境問題の議論がはじまり、弁護士出身の運動家ラルフ・ネーダーが日本でも有名になりました。最近まで大統領選に出ていたような。環境問題から、地球が人間だけのものでないという、よく考えれば当たり前の議論にもなっていましたね。

  それと前から書こうと思っていたのですが、日本のA首相は最初から中国の顔色を窺っていて様々な対策が決定的に遅いし、北朝鮮はこんな時期にミサイルを打ち上げるし、アメリカの大統領はその場その場の根拠のない方針で最大の都市ニューヨークは都市封鎖のような状況になるし、笑えないスラプスティックなSFに描かれているディストピアのようで、これは悪夢のようなポストモダン以降の世界なのかもしれません。